【切符蒐集を考える(その4)】

  <<もはや"対岸の火事"ではない? 忍び寄る「偽造券」の可能性を探る>>


1.コイン収集界で急速に広がる偽造品と真贋鑑定の現状

 やや「きっぷ」趣味の領域からは外れるが、皆様は「和同開珎-皇朝銭専科のブログ」 というHPをご存知だろうか? "コイン"の収集はわが国だけでなく世界的にもかなり古くから行われてきたまさに趣味の"王道"であるが、それだけに愛好 家の数も我々"きっぷマニア"とは比べものにならないくらいに多い。特に日本では、戦前から「貨幣商」(コイン店)と呼ばれる専門業者が全国各地に店を構 え、ときに派手なオークションや即売会・通信販売などを展開して、その取引額もまた"きっぷ"などの比ではない。しかも、コインは今も世界各国で大掛かり に新規発行が続いており、古代中国やローマ時代から2千年を超す長い歴史もあるので、細かいバリエーションまで含めるとその収集対象は本当に無数にあると 言ってもよい。中には"現存数枚"といった非常に希少性の高い金貨などもあって、一般の人々が驚くような(時に数百万円を超える)高額プレミア品が"ゴロ ゴロ"しているのだ。それに対して"きっぷ"特に人気が高い"硬券"の場合は、今も主として記念乗車券類などの形で新規発行は続いているものの、硬券設備 の廃止・縮小などにより収集の対象が"頭打ち"になっている感があり、残念ながら愛好者の数も年々減少していることに加え、鉄道の歴史(200年やそこ ら)やコレクションの材質(「金銀」ではなく「紙」)などを考えても、総じてコインほどの高額プレミアや今後の価格上昇は考えにくい。しかし、"コイン" や"きっぷ"あるいは"切手"などのコレクションには比較的共通の背景や現状があることもまた確かである。「"コイン"の世界で起こっている現象は、少な からず"きっぷ"の世界でも起こっており、またはいずれは起こるであろう」ことが予測されるのだ。

  <今やコインは「グレーディング (Grading)」が当たり前>

 さすがに、数十万円を超すようなプレミアコインを所有するコレクターにはある種の"不安"が付きまとう。コレクションは本来「自己満足」の世界で はあるが、中には財産や投機の対象と考える人もいるので、「それが第三者からみて本当に価値があるものかどうか」ということは、多くのコレクターにとって 非常に重要な問題である。コインの「グレーディング(品質保証)会社」がいつ頃から存在するのかはわからないが、海外では「PCGS」「NGC」といった 大手(この2社で全世界シェアの9割以上)が有名らしく、加えて日本の場合は依頼品に限り、老舗・大手の貨幣商が"経験と勘"を頼りに「保証書」を発行す ることもある。グレーディングに掛かる費用も詳しくは知らないが、近年は"すり替え"を防止する意味で、「格付け」されたコインを"スラブ"と呼ばれる透 明のパッケージ(開封したら元に戻せないように加工されたコインケース)に"封印"して上部に等級を印刷し、これをもって"保証"とする方法が主流になっ ている。故意にまたはうっかりこのスラブを破壊すると、その品質保証は失われることになるので、価値の高い希少なコインほど直接"地肌で触れる"ことが難 しくなってしまっているのだ。 しかも、この「保証書」の本質は"グレーディング"という言葉の通り、主として"見た目の美しさ"(状態の良さ)に重点が置かれており、この品が「本物で あるかどうか」は必ずしも明らかではないという。最近は、より信頼性が高いとされている海外のグレーディング会社を利用するコレクターが多いようだが、貨 幣商であると同時に"鑑定業者"でもある上記ブログの管理人によると、「"鑑定"と"グレーディング(格付け)"は全く別物で、日本のほとんどの貨幣商も 含めて彼らは、今や巧妙化したコインの真贋判別に対する能力がないか非常に乏しい」と強く警鐘を鳴らしている。そもそも、コインの表面状態の良し悪しなど は、せいぜいルーペで観察すれば初心者でも概ね見当が付くものであり、例外的に状態が悪くても古くて希少性が高いものが高評価となるのも、そこそこの知識 があればさして難しい判断を必要とするものではない。"第三者に認めてもらって安心したい"コレクターの心理をついた巧みな商売とも言えるが、コレクター にとっては"将来そのコインを手放すことになった場合に損害が少なくできる(より高値で売れる)"メリットもあると思われるので、やはり"相身互い"と いったところだろう。

  <今や市場に出回っているコインの大半は「贋作」?>

 しかし、コレクションのグレーディング(各付け)などは、本来それが「本物」であるという前提を基に行われるべきものである。例えどんなにピカピ カのコインでも、それが「贋作」ならば"地金"相当の価値しかないことは当然なのだが、コインの世界では今その"大前提"が大きく揺らいでいるという。上 記ブログ氏によると「PCGS」や「NGC」などの海外大手業者が品質保証したスラブ品にすら大量の贋作が紛れ込んでおり、そもそも彼らに日本古銭の真贋 を判定する能力などはなく、わが国の老舗貨幣商も「昔ながらの経験と勘に偏った非科学的な鑑定方法を改める気配はない」と辛辣だ。以前からオークションサ イトに出品されている古銭(特に"円銀"や古金銀)、「エラーコイン」の類にはニセ物が多いという噂はあったが、彼は「その99%以上が最新加工技術を駆 使した偽造品、もしくは本物を精密加工してそれらしく見せた変造品」と断言する。これに対して、「そんなことは考え過ぎ。多少のニセ物はあるかもしれない が、まだまだほとんどは本物であり、第一こんなに良くできた贋作はあり得ない。」という人もいるかもしれない。しかし、そういう人は一度彼のブログを熟読 してみるといいと思う。少しでも科学的見識があるならば、彼が言っていることのほうがより真実に近いとわかるはずだ。

  <偽造コインの驚くべき精密加工技術>

 上記のブログ氏が現在の鑑定方法を確立してからまだ10年にも満たないらしいが、その精緻な検査方法や深い金属工学知識、それに豊富な古銭知識を 合わせた科学的考察は、まさに大学や大手研究機関も顔負けのものである。マイクロメーターや精密天秤・精密比重計などはもちろんのこと、数十倍率の実体顕 微鏡や金属顕微鏡、果ては金属の結晶構造まで見れる走査電子顕微鏡(SEM)や0.01%レベルの極微量元素解析ができる蛍光X線分析装置などを個人で所 有し、たった1人でたくさんのコインの真贋鑑定や、教育委員会から依頼の出土品調査まで行っているというから本当に驚く。逆に言うと、コインの世界では、 もうここまでしないと本物とニセ物を区別できない時代になっているのだ.....。その割りに社会的反響は今ひとつという感じもするのだが、最近ようやく 「エラーコイン」を造ってネットオークションで売り捌いた人物が詐欺と通貨変造の罪で警察に逮捕されるに及んで、今後は彼の鑑定方法が段々と評価され、や がてはコイン贋作の実態が大きく問題視されるのは間違いないと思われる。
 問題のコインの偽造手口は、「本物を型採りして造った粗悪な鋳造品」の存在が、かなり昔から貨幣商やコレクターの間でもよく知られていたらしいが、彼に よるとこの20年以内に造られた精巧な偽造品は、3D形状スキャナを使って立体データをコンピューターに取り込み、NC旋盤やレーザー切削機で自動加工し た金型を本物同様にプレス(鍛造)したものが多いという。その加工精度はなんと1000分の1mm! このレベルではルーペでいくら観察しても本物と区別 できるわけはなく、コインの材料品位(金属組成)もそこそこ同程度ならば重さや比重もほぼ同じになるので、その点では「プロの鑑定士が見誤るのも仕方がな い」と彼も認めている。ただ、ろくに鑑定技術もないのに"本物の如く"「保証書」を発行したり、自分でも「本物」という確証が持てないものを非常な高額で 販売したり、オークションに掛けたりするのは、犯罪には当たらなくても倫理的には問題があると筆者も思う。確かに、これだけの精密偽造品を拡大率数倍程度 のルーペとノギスだけで鑑別できるはずはなく、精密な寸法や比重測定など比較的容易な科学的検査すらせずに、保証書まで付けられて何十万円、何百万円のニ セ物をつかまされるコインコレクターは本当に気の毒でならない.....。



左: 筆者が20数年前に購入した"新1円銀貨"の贋作(左側・明治6年銘)と一応本物とみられる比較品(右側・大正3年銘)。一見して、表裏のデザインに約150度もの角度ズレがある (現行貨ではあり得ない)。

 コイン界の権威である"日本貨幣商協同組合"が毎年発行する「日本貨幣カタログ」によると、明治6年製はもともと存在しない(発行されていない)ため、 中国など主に海外で"お土産品"として売られていた比較的良心的な?"模造品"が日本に持ち込まれたものらしい。全体的に光沢が弱くて軽いことから材質 は"錫"と思われ、外径は本物とあまり変わらないものの、幅が薄く微妙な刻印ムラもあるので、手にとって本物と比べれば間違えようがない。ただ、遠目には 本物そっくりで、素人は騙されてしまうに違いなく、実際、この品も売り札には「偽物」などと書かれていなかったので、実のところ筆者も半信半疑だった。 (でも「1,000円」はあり得んわな....(笑)。) 鋳造品や小さいプレス機による鍛造品では文字や模様の輪郭がやや不鮮明となり、部分的に形状が 歪んでいたり不規則になっているのがルーペでもわかるため、近頃の上記"スーパー偽造品"とは比較にならないが、昔からコイン界では「ニセ物」が堂々と売 られていたことを示す証拠として掲載した。1円銀貨は製造年によっては数十万円の値が付く場合もあり、"貿易銀"などと並んで比較的贋作が多いという。右 の大正3年製(10年程前に日本貨幣商協同組合加盟店で購入)は「極美品」でも7,000円程度なので、まず「本物」とは思うが、昨今は「偽造=プレミア 品だけ」という常識を破り、店頭価格数千円以下のコインでも贋作が発見されているらしく、「きっぷ」の収集界も今や"対岸の火事"では済まされない時代に なってきたと思う。


2."きっぷ"収集界における偽造品の状況

 さて、ここからがやっと"きっぷ"の話題となるのだが、その前に、とある乗車券収集家"T氏"の体験談をご紹介しよう.....。


 いつものように某オークションサイトの出品物をチェックしていたT氏に、1枚の硬券入場券が目にとまった。

   【 旧国鉄の使用済み入場券 町田駅 料金30円 】

   状態    : 中古        返品     : 返品不可
   個数    : 1          入札者制限 : なし
   開始日時 : 20XX.05.01 (木) 02:30
   終了日時 : 20XX.05.04 (日) 11:50
   自動延長 : あり
   早期終了 : あり         開始価格 : 3,000円

   <商品説明>

   知り合いの方から昔の鉄道切符を大量に譲り受けました。
   当方、切符に詳しくありませんので、細かいご質問にはお
   答えしかねます。商品の状態等は画像をよくご確認のうえ、
   「ノークレーム・ノーリターン」でお願い致します。


 T氏は九州地方の国鉄入場券を収集していたので、ひと目でこれが"門司印刷"の券であるらしいことはわかった。とすれば、「宮原線町田駅」の硬入だろうか.....。
 宮原線は久大本線恵良駅から分岐する全長27kmほどのローカル線で、昭和59年12月に廃線となっているが、当駅はその10年前に無人化されており、 駅名が横浜線の"町田"と被っているせいか割合に"出物"が少なく、T氏も長らく探していた券の1つだった。小駅にしてはやけに券番が大きいことや、出札 窓口の番号を示す [1] は多少気にはなるものの、小さい駅でも意外と売れている場合や稀に複数の窓口があるケースもあるし.....。いかにも"素人っぽい"商品説明も胡散臭い 感じはしたが、これが本物ならば3,000円は安いと思い、よく確認もしないまま反射的に入札してしまったのだった。
 ところが、意外にも他の入札者の動きは全くなく、例によって終了直前になり1人がバタバタと値を上げてきたものの、あっさり5,900円で無事に(?) 落札。取引もスムーズに進んで、すぐに商品が届いたまではよかったが、袋から取り出して手に取ってみると何か違和感が.....。「んっ.....?」  よく見ると発行日付「49.-2.13.」のハイフンと駅名「町」印刷部の周辺に不自然な引っ掻き傷があり、さらにルーペを使って観察すると色合いも周囲 の地と微妙に違っている...。 ここにきて、ようやく「しまった。」と気付いたものの、もう後の祭り。この券は、他の駅の入場券に細工をした全くの偽物 だったのだ。 当駅の最終日付は「49.-5.16.」なので、「49.12.13.」の「1」(月の十の位)を削ってハイフンに見せ掛けたのは"上出 来"だったが、右下の鋏痕(パンチ)だけはごまかしようがなかったらしい。多少の例外はあるが、国鉄九州総局管内では「あ行」は"五角形"ではなく、"正 方形"(1号鋏痕)でなければならない。本当はひと目で見破れなければならなかったのに...。 己の観察眼のなさを改めて痛感するのだっ た..........。

 もうお気付きの方も多いと思うが、この体験談も「実はフェイク」である。本当は、2枚の実券を"切り貼り"しただけの幼稚な偽造物だが、実際のところ 600 X 400 ピクセル程度の、しかもコントラストの低い商品画像では騙されてしまう人もいるのではないだろうか?


  <"きっぷ"でもコインのような精密偽造は可能か?>

 筆者が作った程度の偽物ならば、恐らく実券を手にした瞬間にほとんどの収集家は気付くと思われるが、実は「きっぷ」の世界でも、ここ最近は「コイン」に匹敵する「スーパー偽造品」が 存在すると言われている。"きっぷ"の場合、コインに比べてコレクターの数こそ少ないものの、希少な券の"付加価値比率"は割合に高い。(額面30円の入 場券が1枚10,000円ならばプレミアは"300倍"以上) しかも、コンピューターの急速な発達により"偽造の技術的コスト"は年々下がってきている ので、1枚数千円の利益でも数十枚も売り捌けば十分儲けになるという理屈だろう。 では、「スーパー偽造コイン」のように"玄人"コレクター(強者収集 家)も騙せるほどの「スーパー偽造券」を造ることが本当にできるのだろうか?
 冒頭で紹介したブログを詳細に熟読すると、現在、コインの真贋判定は非常に困難で、もはや生半可な知識や測定器具では太刀打ちできないレベルに達してい ることがわかる。それでも、金属材料の場合は、極微量元素の測定や鋳造・鍛造の別、加工圧、仕上げ法などの違いによる微妙な表面性状の差を具に調べれ ば、"一応鑑別は可能"だという。しかし、そのためには相当高度な測定器具や知識が必要なので、実際にはプロの貨幣商やグレーディング会社でもかなり困難 であることは間違いない。ましてや、一般収集家のレベルでは極めて厳しいと言わざるを得ないだろう。
 それに対して、"きっぷ"の原材料は「紙とインク」である。一見、コインに比べれば偽造は簡単そうに見えるが、現在主流となっているオフセットなどの" 平版印刷"では券の表面が極めてフラットに仕上がるため、慣れれば誰でもすぐにわかってしまう。熟練したコレクターを騙すためには、どうしても"活字"を 使った凸版技術(活版印刷)を使わなければならないが、実際に本物と寸分違わない"活字"を造るのはそんなに容易なことではない。材料も、当時国鉄の印刷 場で使用されていた特製の上質紙やインクにかなり近いものを使わなければ、マニアたちの目を欺くことはできないだろう。

  <国鉄印刷場における乗車券類の原材料と製作過程>

 「国鉄きっぷ全ガイド」(昭和62年)/「国鉄乗車券類大事典」(平成16年)によると、国鉄の硬券用の「板紙」は昭和24年以降、本州製紙と大 昭和製紙(及び三菱製紙)から本社の資材部が一括購入し、札幌・仙台・新潟・東京・名古屋・大阪・広島・高松・門司にあった全国9つの印刷場 (昭和58年4月/"乗車券管理センター"と改称 ・ 平成3年10月/広島を廃止して8センター体制) に配布したという。したがって、国鉄の場合、同時期には全国どこの駅でもほぼ同じ材料紙が使われていたことになるが、"製造会社による微妙な違い"などは 十分考えられる。いずれも世界でも例を見ない特製の上質紙が使用されており、やや色の濃い原紙の表裏(印刷面)をさらに白っぽい硬めの薄紙で挟んだ三層構 造になっている。インクのほうもやはり特製で、"インク消し"を使うと字模様も消えてしまう特殊なもの(国鉄の特許品)を使っていたという。また、字模様 が印刷された板紙などは金庫に入れるなどして厳重に保管されており、乗車券類の偽造・変造については、国鉄側も昔から神経を尖らせていたことがわかる。そ のためか、活版印刷による"硬券"の偽造物についてはあまり聞いたことがないが、"軟券"(平版印刷)については昭和58年頃に「新幹線特急回数券」の偽 物 (札幌乗車券管理センターの職員も舌を巻くほどの出来栄え) が見つかっており、以前から写真製版技術による偽造は比較的容易であったことが窺える。字模様が印刷された乗車券類は「大裁」「小裁」に加え、この後"影 文字・線条"印刷、印字へと続くことになるが、"軟券"と違い"硬券"の場合は、これら各工程毎の裁断・印刷誤差や手作業で行う"活字組み"の微妙なずれ などが段々と蓄積するため、完成した製品は平版印刷のように完全に均一なものにはならない。(10工程で各1%ずつの誤差が出ると"0.99の10 乗"="0.90"近くまで落ちてしまうのと同じで、筆者の経験では最大1mm程度のズレは当たり前。) つまり、1mm程度の券サイズの違いや印刷ずれ などは真贋の根拠にはなり得ず、それどころか4辺の長さが全くそろっていないものや印字が左右に3~4mmもずれたもの、斜めに傾いて印刷されたものな ど、通常の感覚では"不良品"と思われる実例(出札された実券)は枚挙に暇がない。国鉄当局としても、最低限の製品検査(恐らくは目視のみ)は当然行って いたものの、"貨幣"ほどの厳密な品質管理は不必要かつ不可能であり、有価証券として最低限の条件を満たしていれば合格とせざるを得なかったものと考えら れる。 筆者は以前、偽造券の真贋判定に「スーパーインポーズ法」などを試みたこともある (【切符蒐集を考える(その2)】参照) が、明らかな"活字体"の違いなどは見ればすぐにわかることなので、実際の真贋判定にはあまり役には立たないかもしれない.....。

  <"きっぷ"の贋造手口について>

 以前、当HPにメールを頂いた"FUJINO"氏によると、「あくまで未確認」とはしながらも、①デッドストックの硬券板紙やイン クを使い、②印刷場特有の活字形をコピーするために写真製版を利用して、③"光凝固樹脂"で版面を作製、④本物の"硬券印刷機"で印刷し、さらに⑤"古色 仕上げ"("日焼け"など経年劣化に見せるためのエージング) を加えて、贋作と知りながら不正にオークションなどで販売する者がいるという。当時"国友鉄工所"などで製作された国鉄の硬券用印刷機は、磨耗して修理不 可能な状態になると"地金"で売られてしまい、かつては原則として"払い下げ"は行われなかったと言われている。しかし、平成初年頃から各乗車券管理セン ターで順次硬券が廃止され、使われなくなった機械の一部が密かに(?)流出した可能性も考えられないことはない。また、民鉄用のものであれば、現に一部は 稼動状態にあるし、新規発注すれば作る会社があるのかどうかもよくわからないが、いずれにしても何らかの方法で④印刷機を入手することはできるのかもしれ ない。さらに②③辺りは、少なからず印刷知識が必要なので誰でもというわけにはいかないだろうが、最近の精密技術の普及レベルを考えれば、多少なりともそ のような仕事に携わっている人間ならば十分に可能だろう。一番困難とみられるのが、①本物の硬券板紙やインクを手に入れることでないかと思われるが、これ については合法・非合法の両面が考えられる。硬券が廃止になって不要となった紙やインクをJR各社が合法的に大量放出した可能性は高いが、旧印刷場や現乗 車券類管理部署の職員などによる"不正持ち出し"もあり得ないことではない。(ちなみに国鉄印刷場職員は基本的に"永年勤続"だったらしいので、その気に なれば特に"名目上の廃棄品"などは不正に持ち出しても発覚しにくいかもしれない.....。) 現に、昨今ネットオークションでよく見掛ける異常な形を した「造幣局製造(本物)のエラーコイン」などが、器械による厳重製品検査をすり抜けて巷に出回る可能性はゼロに等しく、そのほとんどが造幣局職員によ る"不正持ち出し"であることを上記ブログ氏が科学的に立証している。 人はお金と誘惑に弱いものである。ただの不良品やテスト品、または試作品、あるい は眠っているだけの原材料などが非常な高値で売買されていることを知れば、「この程度なら」という軽い気持ちで流出させてしまう可能性は十分にある。 し かも、現在では3D形状スキャナやCAD、コンピューター制御のレーザー切削機(精度1/1000mm)などを組み合わせて、本物と同じ"金属活字"を低 コストで比較的容易に作れるかもしれない。紙やインクについても、ある程度の"採算"が見込めるならば、本物(実券)を科学分析して、国鉄券に限りなく近 いものをどこかの会社に"特注"することも考えられる.....。 いよいよもって、よほど目の肥えた収集家でも見破れない「スーパー偽造券」が出現する のではないかと筆者は強く危惧している。


左: 一応"本物"と思われる宮原線町田駅の30円券(昭和46年発行)。

 筆者が懸念するのは、今やこの程度以下(数千円レベル)のプレミア券でも贋作を作って売り捌く輩がいる、あるいは今後出現する可能性が高いということだ。現に、坂村氏の情報では、つい最近、贋作と思われる広島印刷の30円券が ネットオークションに大量出品され、昭和40年代無人化駅を中心に高額で落札されたという。氏によると、「出品者は同じ人物で、ダッチングの日付も全て昭 和45年か46年。特に多い45年6月7日付の券などは、山口県内のほとんどの駅から広島県の岡山県境、福塩線の小駅まで。とても1日で回れるとは思えな い距離と駅数で、しかもこれらの券に全て小児断線があるのも不審です。というのは、私が訪れた48年には当然45~46年無人化の駅は簡易委託になってい て入場券はありませんでしたが、有人駅のかなりの駅がまだ小児断線なしの1期券を売っており、小児断線入りの券はあまりありませんでした。券番が異様に大 きいことも不自然です。全ての駅が「0001」から始まるとは限りませんので、状況証拠にすぎませんが、どれもこれもとなると、これはおかしいと思いま す。これらの駅の入場券発売枚数は、昭和49年頃からブームとなる以前は微々たるものであることはご存じのことと思います。また、出品されたすべての券の 裏面に赤線なりボールペンなり、線を引かれた券あるいは出札時の"折れ券"などが1枚もないことや30円券を売ってなかった駅(南小野田など)、"発売最 終日翌日以降"のあり得ない日付の券(岩徳線・勝間、小野田線・長門長沢、山口線・長門峡、呉線・川原石、安登など)も多数見受けられます。さらに決定的 なのは、大阪印刷であるべき米子鉄道管理局の駅・山陰本線長門三隅、三見、萩の券が広島印刷スタイルで出品されていることです。国鉄末期なら印刷所統合や 民間委託もあるでしょうけど、30円時代ではないはずです。ダッチングの数字の印刷スタイルはほとんどが菅沼で、当時既に普及していた天虎ではないようで した。また、「発売当日」の印字から、出品されていた券は広島印刷の4期券と思われますが、昭和50年ごろまでは主要駅ですらまだ3期の「発売日当日」な ので、昭和45、46年頃に小駅で4期券が発売されたということは絶対にないと考えられます。入場券収集が多少なりとも本格化するのは、昭和48、49年 頃からで、50年以降は業者も現れ、50年代後半にピークに達するわけですが、45、46年頃は小駅では1年に数枚~数十枚程度の発売実績しかなく、事 実、50年頃までは、出札窓口で「入場券をください」と言っても「勝手に入っていいよ」と言われたことが少なからずありました。列車が来る直前まで窓口を 閉めていることも多かったです。 出品者も入札者も偽造券とは知らずに取引していると思われますので悪意はないとは思いますが、将来、これらの券が「真 券」として通用する日が来ると思うと情けないですね.....。」 坂村氏ほどの深い知識があれば、券の様式や日付、券番だけで贋作とわかってしまうケー スもあるということだ.....。


 (参考) 昭和40年代に印刷されたらしい奇妙な"無人駅/仮乗降場の入場券"
 
※ その後、坂村様よりのような非常に不思議な入場券のコピー画像を送って頂きました。「天塩栄駅」(羽幌線)は昭和32年11月に開業 以来、一度も出札の記録がない無人駅で、「山臼」(興浜北線)に至っては20円券の時代(昭和41年3月~44年5月)には絶対に入場券が発売されるはず はない"仮乗降場"です。坂村様は、これらの券を4~5年前に某ネットオークションにて入手されたとのことでしたが、"見本券"とはいえ何故こんなものが 実在するのか、筆者も大変不思議に思いました。
 左端に「見本」印が捺してあることに加えて、これらがもし"営利目的の精巧な偽造券"であるならば、誰にでもすぐに"偽物"とわかる駅(仮乗降場)は選 ばないであろうこと、裏面の券番が異様に大きいことなどが却って不可解で、筆者としては、坂村様のご見解と同様 「何らかの理由により当時、札幌印刷場で多数作成された"見本券"の一部」 と判断しました。 (その場合、どういう目的で、どこに配布されたものかなどは想像もつきませんが、他に「南咲来」「白樺」等も出品されたそうなので、かつて印刷場単位で作 製された所謂「乗車券類の見本帳」の類 (硬券見本を多数貼り付けたバインダ) から直接"切り取られたもの"とは別物のようです。) 近年では"深名線"の廃止記念入場券など、無人駅でも入場券を発売する例は多いですが、仮にこれら が札幌印刷の"試印刷"品にしても、この当時としては「(臨)色内」(手宮線)などを除くと、極めて異例のことと言えます。 また、なぜか「旭鉄局管内」の駅や仮乗降場が多いのも奇妙な点です。 もし、これらの券について出所や由来などをご存知の方がおられましたら、是非ご教示下さいますようお願い致します。

◆坂村様、今回も貴重な情報や画像を頂き、本当にありがとうございました。

 さらにその後、ある方より実際に「"幌加駅"(士幌線)入場券のネットオークションで詐欺に遭った」というメールを頂戴しました。「89,000円まで入札したものの落札できず、その後『落札者がキャンセルしたので』と いう連絡を受け取って、支払いを行った後に"詐欺"と気付いた」ようです。その券の真贋や具体的な手口は不明ですが、このように"きっぷ"の世界でも高額 応札者を狙った犯罪が現実に起こっていることは間違いありません。この方は既に警察に"被害届"も出されたとのことでしたので、これ以上詳しくお聞きする のは控えましたが、皆様方もどうかくれぐれもご用心下さい。

◆お辛い中、耳寄りな体験談を頂き、本当に感謝申し上げます。

 "1点もの"しかない美術品に比べて、コインや"きっぷ"の類は大量に存在しても矛盾はしない。しかし、同じような券が一時期に続けて、または数 枚まとめてオークションに出品されるようなことは確率的にあまりありそうもないので、このような場合は一応疑ってかかるべきではなかろうか。.....と ころが、本当に頭のいい詐欺師はその辺のこともちゃんとお見通しである。あまりに一度に大量出品すると、「ひょっとして偽物ではないだろうか?」「これっ てそんなに価値がないのではなかろうか?」「本物にしても、今わざわざ高値で入手する必要はないのでは?」という入札者の心理を逆手にとり、静かに時を窺 い、少しずつ出品しては巧妙な話術(商品説明)で高額落札を狙うのである。これは逆に言うと、あまりに印刷場特有の様式などにとらわれて安心してしまう と、却って真贋を見誤ることがあり得ることも示している。 「経験上、本物の特徴が特に顕著に現れたものほど贋作である可能性が高い。特徴にとらわれ過ぎ ると本質を見逃す。贋作者は本物の特徴を知り尽くしているからだ。」 これは上記ブログ氏の言葉だが、確かに一理あると思う。

  <"模擬券"と"偽造券"の境界>

 乗車券類の場合は、特定の券種、例えば同じ"30円入場券"であっても、地域や発行時期によりバリエーションがあるうえ、必ずしも全ての駅で同じ 様式のものが発券されているとは限らないため、その辺りの相当な知識も持っていないと坂村氏のような熟練コレクターを騙すことはできない。ただ、上記の ケースでは、坂村氏が指摘されたように「入札者はもちろん出品者のほうも"偽造券"とは知らなかった」という可能性も高く、それはそれで深刻な問題であ る。 「売り手・買い手の双方とも、それが偽物であることに気付いていない。」 これはまさに昨今の"コイン界"の状況と同じであり、筆者が恐れるのは、 こうした現状が長く続き、いずれ"本物と偽物がゴチャ混ぜになっている"ことが知れ渡ったときに、買い手側が必要以上に疑心暗鬼になって、市場が混乱して しまうということだ。本物の希少な券まで"とばっちり"を食って不当な安値でしか売れなくなるのは、大事なコレクションを手放さざるを得なくなった熟練収 集家にとっては打撃になるであろう。
 実際、最近のパソコンの性能やプリンタの精度(解像度)は20年前とは比較にならないほど向上しているので、筆者のように個人で"模擬券"を作製してい る人は増えている。「パソコンやプリンタを使って造る幼稚なレベル」ならば比較的鑑別は容易と思われるので、あまり問題は起こらないと考えられるが、上記 のように実物に近い紙やインクを使い、本物そっくりの方法で作製したものが流出したならば、初心者はもちろん筆者のような(知識不足の)"中堅"コレク ターでも、容易には見分けられない可能性が高い。しかも、こういった精巧な模造品の作製には専用の器械とそこそこの印刷技術・知識も必要なので、「本当に 個人が楽しむ目的だけで造ったのかどうか?」 筆者は少なからず疑問に思ってしまう。以前から、手に入りにくい希少な券を"模擬券"として販売する業者は あったが、当時は模造技術もかなり未熟で、一見して"模造品"とわかってしまうレベルだったこともあり、売り手のほうも最初から"ニセ物"と認めざるを得 なかったのは確かである。しかし、昨今の技術で造った模擬券は、あの頃とは比べられないほど精巧に出来ているので、「真贋が曖昧なものは真券」として流通 する可能性が高い。現に、一部の貨幣商の間では「コインの真贋などはどうでもよい。売れるかどうかが問題。」と開き直る者もいるという話だ。あまりにも多 くの偽コインが出回った結果、"本物にこだわり過ぎると販売品が少なくなってしまう"という危機感があるのかもしれないが、倫理的には大いに問題である。 貨幣商が必要以上にコインの真贋を調べようとしないのも、その辺りに本音がある可能性が高いのではないか...。 さすがに"きっぷ"の場合は今のとこ ろ、ここまで酷い状況ではないとは思われるが、ただの鑑賞用"模擬券"と詐欺目的の"偽造券"の境界が曖昧になっていることは間違いなく、「騙されない」 「損をしない」「トラブルを避ける」ためには、売り手・買い手の双方ができるだけ多くの知識を身に付け、購入・入札する場合は一度は「偽物ではないか」と 疑ってみる慎重さが必要な時代に突入したと言えるだろう。


3."スーパー偽造券"を見破る方法はあるか

 もし、"筋金入りの熟練収集家"でも容易に見破れない「スーパー偽造券」が出現した場合、我々に何か対策はあるだろうか? もちろん、どこからか 入手した実券の情報を基にして、本物の硬券用板紙と本物のインクを使い、専用の硬券印刷機で精巧にコピーされたものは、ちょっとした経年劣化の不自然さや コレクターとしての"勘"以外にほとんど頼るものはないかもしれない。しかし、原材料や製法が全く同じものでなければ、本物と偽物には必ず何らかの違いが あるはずである。

(1) とにかく"強拡大"して観察してみる。

 安易な方法ではあるが、真贋判定の基本はやはり"よく見る"ことであろう。数倍程度のルーペ、あるいは目の良い人ならば肉眼でもほぼ識別は可能か もしれないが、筆者のように目が衰えてきた人間ではルーペでも細部がおぼつかないため、とりあえず今回は仕事で使っている"デジタルマイクロスコープ(非 光学式顕微鏡)"で券の表面を覗いてみた。


 比較に用いたのは【切符蒐集を考える(その2)】で も紹介した本物の広尾線愛国駅(上)と偽物の同幸福駅(下)入場券の2枚。高解像度の画像を得るには"デジカメ"の使用も考えられるが、マクロレンズを装 着し、三脚でしっかり固定したうえでカメラやレンズの"ブレ補正機能"を使っても、周辺光の映り込みやレンズの収差によって像がボケてしまい、1mm以下 の微小観察には向かない。また、パソコン用のスキャナを使えば割合にきれいな像を得られるが、筆者の環境では9600dpiまで拡大しても今ひとつシャー プな画像にならなかったので、今回は採用しなかった。上記のブログ氏は、実体顕微鏡(数万円~)や金属顕微鏡(数十万円~)などはもちろん、数百万円もす る走査式電子顕微鏡まで導入してコインの微細な表面性状を調べているようだが、さすがに"きっぷ"の場合はそれ程の精密観察は必要ない(意味もない)と考 えられる。


左: 愛国駅140円券(本物)の券表面・顕微鏡画像 (レベル補正及びシャープ・フィルタ補正後)。

 最近は、電子技術(撮像素子)の発達により比較的安い値段でデジタルマイクロスコープが手に入るようになった。中国製ならば最大500~1000倍で撮 影(静止画・動画)も可能なものが、わずか数千円で購入可能だ。紙の繊維の状態や活字の微妙なクセなども、一応これで観察できる。 よく見ると、券の表面には紙繊維の凹凸などによるわずかな起伏があり、強い圧力で金属活字を押し付けても部分的にインクが白く抜けてしまい、印刷面は思っ たより濃淡があることがわかる。活字の表面も、磨耗や破折(チッピング)により全く均一・平滑というわけではないので、これを使って印刷場の活字かどうか を識別することも可能かもしれないが、コインの"種印"(刻印用の金型)と違い、"きっぷ"の場合は印刷場毎に同じ文字の活字が複数(ときに数十個も)あ るうえ、使用頻度が高いものは廃棄・補充も頻繁に行われるため、実際にはかなり難しいと考えられる。


左: 愛国駅140円券(本物・)と幸福駅140円券(偽物・)の画像比較 (レベル補正及びシャープ・フィルタ補正後)。

 肉眼でははっきりしなくても、ここまで拡大すると活字の線幅や画の長さ、インクの乗り具合いなどの違いが明瞭となり、この2枚に関しては比較的判別は容 易である。国鉄の券は、紙の繊維が長くて質が良いだけでなく、さすがに印字も濃くてシャープな印象を受ける。ただ、本物でも経年劣化により紙の日焼けやイ ンクの退色が生じ、それにキズや手スレなども加わって文字が薄く不鮮明になることはよくあることで、やはり決め手にはならない。また、これは札幌印刷の例 だが、印刷場によっては独特の筆画("とめ・はね・はらい"など 左・赤丸参照)がある活字を使用している場合も多いので、あるいは判別の一助になる可能性がある。しかし、もし写真製版によるコピー能力が数十ミクロン以下の高レベルならば、これらの"活字癖"までそっくり真似されてしまう恐れもあり、やはり一筋縄ではいかないかもしれない。


左: 小平駅130円券()と直別駅10円券()の券側面・顕微鏡画像 (レベル補正及びシャープ・フィルタ補正後)。

 硬券は通常3層構造になっているが、マイクロスコープで側面をよく観察すると、上下の印刷面の層は思った以上に薄いことがわかる。また、"紙"は材質的 に、遮光したうえで丁寧にほぼ一定湿度で保存しても経年劣化は避けられないと考えられ、年を経るにつれて着色が濃くなるとと共に、乾燥やバインディング加 重などにより繊維同士の隙間が潰れて全体的に層(厚み)が薄くなっていく傾向がある。"FUJINO"氏によると、"偽造券"でも紫外線を当てるなどし て、ある程度の"エージング"(見せ掛けの経年劣化処理)は可能ということだが、発行から40年以上も経っているのに券の側面が不自然に白っぽいものや、 日焼けが斑で不均一なものは少し注意したほうがよいかもしれない。
 なお、よく知られているように札幌印刷の10円券(下)だけは、"ボール紙"のようなやや質の悪い板紙が使われていた時代があり、厚みも重さも他の券と は明らかに違っている(下記参照)。表面は妙に白っぽいままなのに中層部分(券側面)はかなり経年による変色が進んでいるため、ルーペやマイクロスコープ で券の側面を具に観察することにより真贋判定に役立つ可能性はある。


(2) 券の重さをはかってみる。

 前述の通り、硬券の作製は「小裁ち」に至るまでいくつものプロセスを経るので、どれもこれも全て規定のサイズ(B券ならば 57.5 X 25 mm) ビッタリに仕上がるとは限らない。私鉄券ではときに肉眼でもはっきりわかるほど規定のサイズから外れたものを見掛けることもあるが、さすがに国鉄券の場合 は比較的品質が揃っており、ズレ幅が1mmを超えることは稀である。そのうえ板紙の調達先も全国一律なので、重さもほぼ均一には違いないのだが、 0.01g位のレベルではひょっとしたら"何らかの有意差"が出る可能性があると思い、今回1/1000gまで測定できる"デジタルスケール(電子天 秤)"を使って検証を行ってみた。
 試料は全てB型無地の硬券入場券、原則として綴じ穴がある(大人小児用)未使用券(パンチがないもの)で、肉眼でもはっきり歪みがあるものは除き、日付 の他はできるだけ"レ線"(売り上げチェック用の赤い印)などの書き込みもないものを無作為に選んだ。また、「幸福140円券」以外は、20年以上前に入 手したものがほとんどなので、一応「全て本物という前提」である。なお、筆者が所有しているデジタルスケールは安物なので、恐らく器械そのものにもガタが あり、0.01g以下(0.001g単位)は全く当てにならない。この微量レベルでは、天秤を設置する台の安定度や周囲の気温・湿度、基準点(ゼロ点)の 設定法、果ては試料の載せ方(軽量皿に対する券の位置や向き) などによっても値が左右されるので、その辺りも考慮して比較的水平な机上の定位置で同じ方向から一度に測定したものの、「最後の1桁は信用できない」こと を十分承知のうえで、0.001g単位までデータを挙げることにした。(平均値の端数は4捨5入。以下同じ。)

計量回数 愛国140円券 幸福140円券
0.821 0.798
0.821 0.799
0.822 0.800
0.820 0.800
0.821 0.800
0.817 0.800
0.821 0.801
0.822 0.801
0.819 0.801
10 0.822 0.800
平均値 0.821 g 0.800 g


  左: 本物・偽物2枚の券の精密重量測定結果

  ※ 測定は、各回基準点(ゼロ点)をとり直して交互に
  10回行い、平均値を算出。

   測定値の差(約0.02g)は一見有意にみえるが、
  実は「幸福140円」の横寸は規定より0.5mmほど
  短い(57.0mm) ので、残念ながらこの程度の
  差は誤差の範囲内と考えたほうがよさそう...。
  後述するが、"0.82g"を超える券は割り合いに
  少ないので、むしろ「幸福」のほうが本物っぽい(笑)。
  結論的にはやはり無駄であった。

 ついでに札幌印刷場の硬券入場券の平均重量も測定してみた。測定は各3回ずつ (データは省略)とし、各駅毎の平均値を求めた後、綴じ穴がない10円券2枚と[北]140円3枚を除く45枚で総平均を算出。念のため、各印刷場のデー タも挙げてみたが、あいにく札幌印刷と門司印刷以外は手持ちの140円券がほとんどないので、あくまで参考程度とお考え頂きたい。また、計量を進めている うちに 「古い券はわずかに軽いのではないか」という疑いが出てきたため、門司印刷の昭和40年代発行30円券10枚の平均値も算出してみた。結果は下表の通り。

発行日付 駅 名 料金 計量平均値 備 考
39.-8.26. 美幌 10円 0.724 綴穴無/パ
39.10.-8. 直別 10円 0.733 綴穴無
46.-6.27. 西様似 30円 0.820  
46.10.10. 北見共立 30円 0.776  
47.-2.27. 社台 30円 0.753  
47.-3.11. 植苗 30円 0.805  
50.11.-1. 登川 30円 0.821  
50.12.24. 上越 30円 0.792  
51.-1.-1. 張碓 30円 0.801  
51.-1.-8. 安平 30円 0.783  
51.-7.26. 遠浅 30円 0.785  
51.-8.14. 浜厚真 30円 0.794  
51.10.16. 本中小屋 30円 0.788  
52.-7.31. 宇津 60円 0.774  
52.10.-2. 奈井江 60円 0.791  
53.-6.-7. 下白滝 60円 0.799  
53.-6.20. 中小屋 60円 0.767  
発行日付 駅 名 料金 計量平均値 備 考
53.-6.29. 沢木 60円 0.802  
53.11.-1. 糸井 80円 0.768  
54.-3.13. 日ノ出 80円 0.791  
54.-9.21. 御園 100円 0.778  
55.-8.12. 吉堀 100円 0.759  
55.11.30. 浜佐呂間 100円 0.763  
57.-4.-9. 美流渡 110円 0.770  
58.10.11. 鬼鹿 120円 0.785  
59.10.-1. 蘭留 130円 0.772  
60.-6.30. 浜頓別 140円 0.803  
60.-6.30. 幌似 140円 0.829  
60.-7.14. 雄武 140円 0.795  
60.-7.17. 松前 140円 0.816  
60.-7.23. 室蘭 140円 0.800  
60.11.-8. 湯ノ里 140円 0.798  
60.11.-9. 札内 140円 0.845  
60.12.26. 北檜山 140円 0.840  
発行日付 駅 名 料金 計量平均値 備 考
61.-4.28. 根室標津 140円 0.824  
61.-5.26. 岩見沢 140円 0.794  
61.-8.11. 磯分内 140円 0.816  
61.-8.11. 上尾幌 140円 0.796  
61.-8.13. 山部 140円 0.766  
61.-8.29. 中富良野 140円 0.795  
61.-8.31. 音更 140円 0.751 ▽最小
61.10.31. 黒岩 140円 0.761  
61.10.31. 猿払 140円 0.797  
61.10.31. 占冠 140円 0.784  
62.-3.25. 留萌 140円 0.792  
62.-3.29. 天塩 140円 0.755  
62.-5.25. 黒松内 140円 0.847 ▲最大
62.-8.15. 大沼公園 140円 0.781 [北]綴穴無
62.-8.15. 別海 140円 0.768 [北]綴穴無
-6.-5.15. 東鶉 140円 0.750 [北]綴穴無
綴穴あり 未使用券 平均値 0.792g  


印刷場 料金 計量平均値 試料数
札幌 140円 0.800 21
仙台 140円 0.748
新潟 140円 0.803
東京 140円 0.801
名古屋 140円 0.797
大阪 140円 0.811
広島 140円 0.790
高松 140円 0.768
門司 140円 0.790
140円 平均値 0.790g 36
発行日付 駅 名 料金 計量平均値 備 考
46.-1.-3. 筑前山家 30円 0.766  
46.-2.19. 阿蘇白川 30円 0.770  
46.-4.13. 日向長井 30円 0.809 綴穴無
46.11.-1. 門司港 30円 0.766  
47.-3.-5. 海潟 30円 0.776 綴穴無
48.-6.30. 上伊田 30円 0.749  
48.-6.30. 海ノ中道 30円 0.802 綴穴無
48.-6.30. 雁ノ巣 30円 0.796 綴穴無
48.-7.23. 平恒 30円 0.769 綴穴無
48.11.-3. 東園 30円 0.777  
門司印刷 30円券 平均値 0.778g  


① 国鉄の硬券入場券 (綴じ穴がある大人小児用B型未使用券基準) の平均重量は約「0.79g」。"ばらつき"は「0.75~0.85g」くらいで、特に0.76gより少ないものや0.84gを超えるものはあまりない。
② 印刷場による差は恐らくない。
③ 発行年代による差も顕著ではないが、昭和40年代以前の古い券はほんの少しだけ軽い可能性がある。逆に140円券はわずかに重い傾向が感じられる。 (これについては経年による券紙の乾燥などが原因として考えられるが、その差は平均0.01g程度の極わずかなものであり、例外も非常に多いので、真贋判 定には使えないことをお断りしておく。)
④ これも試料不足で断言はできないが、明らかに紙質が異なる札幌印刷の赤線10円券は有意に軽い。(恐らく平均「0.73g」程度とみられる。)

 サンプルの分布を見る限り、少なくとも 「0.7gを下回るものや0.9gを上回るものはまずない」 ことだけは断言してもよいのではないだろうか。


(3) 券の厚みをはかってみる。

 本来は、先に券の"長さ"(幅や高さ)を測るべきとは思うが、手持ちの測定器では0.01mmのレベルも計測不可能なため、そちらの比較検討は断 念した。ただ、"硬券"のサイズは、前述の通り国鉄券の場合でもかなりの"ばらつき"があるのは確かなので、真贋の判定にはほとんど役に立たないことは明 らかである。 (券の縦横のサイズ調整は贋造の"基本中の基本"であり、贋作者が「59.5 X 23.0 mm」などの券を拵えることは考えられない。筆者の経験では0.5mm (最大1mm)程度の長短は普通である。) そこで、皆が普段はあまり気にしない券の"厚み"に焦点を当てて、少し詳しく計測を行ってみた。
 厚みの精密測定には、一応1/1000mmまで計測可能な市販の工業用"マイクロメーター(デジタルノギス)"を使用し、B型硬券入場券の4辺近くの6 点と中央付近の合計7点を、ゼロ点調整をやり直したうえで"日時も順番も変えて"3回ずつ測定した。(時間を置いたり測定順序を変えるのは、このマイクロ メーターという計測機器が非常に繊細で不安定なため。 顔を近づけたり、長く手に持っているだけで0.005mm位は間単にずれてしまう。) 実際のところ、もともと測定対象が非常に"薄い"うえ、材質が軟ら かい"紙"である (強く圧するといくらでも変形する) ことから、正確で客観的なデータを入手することは至難の技と言ってもよい。結果は下表の通りで、各値は測定3回の平均値。

計測点 愛国140円券 幸福140円券 湧別140円券 渡島吉岡140円券 直別10円券
0.695 0.709 0.687 0.716 0.609
0.684 0.710 0.689 0.716 0.612
0.688 0.702 0.690 0.720 0.614
0.687 0.708 0.692 0.719 0.606
0.688 0.714 0.690 0.715 0.609
0.686 0.713 0.696 0.719 0.613
0.679 0.716 0.689 0.721 0.606
7点の平均値 0.687mm 0.710mm 0.690mm 0.718mm 0.610mm


 本当は、(2)券の重さ と同じようにもっとたくさんのサンプルを計測して比較すれば、ひょっとしたら何らかの違った知見が得られたかもしれないが、とにかく計器の取り扱いと使用 法が容易ではなく、徒にデータを重ねても誤差が積み上がるだけのように思えたため、札幌印刷の本物4枚(愛国・湧別・渡島吉岡各140円券/直別10円 券)と偽物1枚(幸福140円券)のみの測定に留めた。(わずかな測定点の違いやシンブルの微妙な締め加減に加え、ゼロ点調整の方法や発熱による膨張誤 差、これに恐らく器械そのもののガタなども重なるため、厳密な精密測定ではブロックゲージ(基準器)で原点調整したうえで、防熱板部をマイクロメータスタ ンド(専用のバイス)などで固定して、直接身体が器械や試料に触れないようにしなければならないという。) したがって、筆者の所有するマイクロメーター と測定技術では0.01mm以下は全く信用できないこと、また、サンプルが少な過ぎることは十分承知のうえで、敢えて以下のような推測を立ててみた。参考 程度にお考え頂ければ幸いである。

① 国鉄の硬券入場券の平均厚は約「0.70mm」。(これはメーカーへの発注指示値とほぼ同じと考えられる。)
② 裁断や印刷、ダッチングなどによる、券の端部分や印字部分の変形はほとんどなく、同一個体では思ったよりかなり均一。
③ しかし、同じ時期に印刷されたものでも、大体「±0.02mm」くらいの誤差がある。
④ 明らかに紙質が異なる札幌印刷の赤線10円券は有意に薄い。(恐らく平均「0.6mm」程度とみられる。)

 もちろん真贋の判定には全く役に立たないだろうが、例えば(2)券の重さ と併せて比較すると、「幸福140円券」(偽物)は「愛国140円券」(本物)より"軽いのに厚みはある"ので、もしサイズの影響がそれほど大きくなけれ ば"紙質が違う"などの根拠にはなるのかもしれない。


(4) ダッチングを比べる。

 意外に真贋の判定に役立ちそうなのが"日付のダッチング痕"である。国鉄では、昭和40年代の初め頃から徐々に「菅沼式」から「天虎式」の"日付 印字器"に切り替わっているため、一般論として「概ね昭和45年以降発行の券でダッチングがまだ「菅沼式」のもの」 は少し用心したほうがよい。但し、中小私鉄では現在でも「菅沼式」のマシンを修理して使っている所が稀にあり、国鉄についても活字の磨耗・欠損や故障を 待って段階的に「天虎式」に切り替えたケースも多いと思われるので、それだけを根拠にして真贋を判定することはできない。(逆に昭和40年以前の「天虎 式」ダッチングは"全て偽物"である。詳しくは 【日付印字器(ダッチングマシン)のはなし】を 参照のこと。) しかし、オークションやネットサイトで同日付もしくは近い日付の券が他に見つかれば、それらを比較検討することにより判定の一助となる可 能性はある。また、同じ「天虎式」のマシンでも、個体によって微妙にダッチング痕が違う場合もあるので、(1)とにかく"強拡大"して観察することによ り、少なくとも「同じ日付印字器を使ったものではない」ことを推測することはできるかもしれない。


左: 同じ日付なのに様式が違う2枚の高森線阿蘇白川駅30円券(昭和46年発行)。

 上は10年位前に筆者が入手したものだが、この最終日付「46.-2.19.」の券は頻繁にオークション等で見掛けるため、どなたかが無人化直前に余程 大量に購入した可能性が高く、実際、同年代無人化の他の小駅の入場券に比べてかなり落札価格が低い。筆者がこの入場券を初めて「交通趣味」誌上で見たのは もう30年以上も昔になるが、実は"全く同日付"の小児断線がない「門司1期券」(下)もしばしば見掛けるため、以前から不審に思っていた事例の1つであ る。上の券は「発売日当日」の表記から「門司2期券」であることはわかるが、乙片の表記法が「鉄道入場券図鑑」(昭和55年)などの掲載品と違っており、 一時は偽物ではないかと疑ったものの、その後「2期」には"マイナーチェンジ"が複数存在することがわかったため、一応"券そのもの"は"本物"の可能性 が高いと判断した。 しかし、ダッチングのほうは、どう解釈すればよいのだろうか?



 (参考) 門司印刷30円券「2期券」のマイナーチェンジ。

 乙片の記載が縦書きのもの(左側)、横書きでも「10」のフォントが小さいもの(中央)は、同じ2期券でも比較的初期にしか見られない。「3期券」以降 は全て右側のような様式(大数字)に変わるので、とりわけ小さい「10」の活字には、門司印刷の券を見慣れた筆者でも少し違和感を感じる。



左: 2枚の券に共通するダッチング痕とスーパーインポーズ法による重ね合わせ結果。

 2枚の券のダッチングは「天虎式」で、しかも両方の右下ピリオド部分に特徴的な印記点(左側赤丸)があること、いずれも「4」「6」「2」などに共通し た"白抜け"(印字が薄い部分)を認めるため、確かに同じ日付印字器を使用した可能性は高いように思われた。念のため、「1期券」のほうを不透明度50% のレイヤーとして、両者がうまく重なるように画像を回転して貼り付けたところ、やはり概ねダッチング痕は合致するものの、極わずかだが像にずれもみられた (右側下部)。これが本当に最終日当日に阿蘇白川駅で発行されたものならば、普段より大量のダッチングが行われたことは頷けるため、自然に活字ホイル(文 字輪)が動いたことも十分あり得るし、「1期券」(下)のほうがデジカメ等による撮影で像が元々歪んでいた可能性もあるので、断定的なことは言えないが、 何らかの理由により"日を異にして"ダッチングされたものとも考えられる。また、この時代に同じ駅で2種類もの"贋作"が行われた確率も非常に低いように 思われるため、可能性としては ①いずれも最終日当日に阿蘇白川駅で発券されたものだが、たまたま最終日に「1期券」を売り切ってしまい、既に請求して あった「2期券」を引き継いで発行した、②いずれも無日付で入手した2種類の30円券(本物)を後日個人でダッチングした、のどちらかではないかと推測で きる。"坂村氏"によると、幸袋線目尾駅でも2種類の最終日付(44.12.-7.) 30円券があり、実際、①のように"最終日で様式が切り替わる可能性はある"という。ちなみに、「1期券」(下)の券番は「0054」、「2期券」(上) の券番は「0031」で、通常小駅では100枚単位で局に乗車券類を請求することから、最終日に「0100」まで売り切って、「0001」から31枚(合 計77枚以上)発売されたと考えれば、一応の辻褄は合う。 ところが、.....。


 左の3枚の券のダッチング痕もほぼ同じである。(他に「肥後西村」(交趣'86.8.P.35)/「上妻」(同'89.11.P.65) など) これらは右下ピリオド部分の特徴的な印記点もそっくりなので、やはり同一個体のマシンが使用された可能性は高い。 とすれば、上記の2枚の券も「阿蘇白川駅設備の日付印字器でダッチングされたものではない」ことになり、②の説にもやや無理があることから、「③かなり以 前より「2期券」の精巧な偽物が出回っていた」 という可能性も強ち否定はできない。 皆様はどう思われるであろうか.....。


※ その後、坂村様とメールのやり取りをしていて、もう一つ可能性があることに気付きました。
「④最終日直前または最終日早々に入場券(「1期券」)を全部売り切ってしまい、熱心な収集家のために追加請求された券(「2期券」)が、同じ日付印字器を使って"最終日付で郵送"された。」
 「全て同一個体の日付印字器を使用」というのは筆者の考え過ぎで、意外と、この辺りが真相かもしれません.....。「発売日と異なるダッチング」は、 今でも現場では原則として禁止されているはずですが、「廃止・無人化最終日」など特殊な状況下では実例 (昭和58年以降に多い) も結構あり、昭和46年頃の時代でも十分あり得たことかもしれません。発売日と異なる日付、特に何年も経ってから"プレミアを上げる目的"でダッチングさ れたものについては、皆様色々なご意見はあると思いますが、「"偽物"ではないにしても「最終日」と称するには問題がある」 と筆者は考えています。



 (参考) まだ駅員がいた時代の高森線阿蘇白川駅の様子(昭和37年7月)。

 この当時、当駅の出札や貨荷物の取扱いを含む駅業務は、前年2月に国鉄を定年退職したばかりの"タカモリ"さんという方に民間委託されていたらしく、そ のまま無人化まで在職した可能性も高いことから、この最終日付の入場券はご夫妻のどちらかが発売したものかもしれない。ご存命ならば出札した本人に聞くの が一番確実だろうが、無人化当時65歳という年齢を考えると、既に鬼籍に入っている可能性は高く、真相はやはり、実際にこれらの券を購入したコレクターが 知るのみであろう.....。


(5) 総合的に検証する。

 かくも"きっぷ"の精密偽造品を嘆いている筆者ではあるが、(変な言い方ながら)"本物のスーパー偽造券(実物)"にはまだ一度もお目に掛かった ことはない。(ひょっとしたら、既に自分のコレクションの中に紛れ込んでいる可能性もあるのだが、正直言って「わからない」(笑)。) 今回、このページ を執筆するに当たって、とりあえず思い付くまま上記(1)~(4)の対策を掲げてみたが、他にもっといい方法があるかもしれないし、また、1つの方法では 決め手に欠けても、"きっぷ"の知識を含む色々な観点から少しずつ不自然な部分や疑問が重なれば、最終的に"贋作"と判定できるケースがあるかもしれな い。 そこで最後に、筆者が自作した"模擬券"を使って総合的な検証を行ってみたいと思う。



 は、7~8年ほど前に筆者が作製した「筑前芦屋10円券」である。自宅のパソコンにインストールされてい た"Photoshop5.5"と既存のフォントだけを使って画像をレイヤー合成し、当時の精度の低いインクジェット式プリンタでコピー用紙に印刷して、 量販店で購入した安い厚紙の表裏に貼り付けただけの、あくまで"鑑賞用"なので、「スーパー偽造券」どころか、ちゃんと活版を使った上記「幸福140円 券」にも遥かに及ばない幼稚な代物だが、それだけに"粗"が見えて逆にわかりやすいと思い、今回敢えてサンプルに採り上げることにした。

 ちなみに本物のほうは、今やマニアなら誰でも知っている"珍品中の珍品"だが、これが世に知られるようになったのは意外に遅く、筆者が知る限り 「交通趣味」誌の初見は昭和63年頃、突如、名古屋のオークションに出品されて一躍話題となった。一時は「筑前岩屋」(日田彦山線)の誤印刷(エラー券) ではないかという説まで出たらしいが、その後多くのマニアによって"芦屋線"の実態が明らかとなり、今でも極稀に出品されることがあるようだが、常に驚く ような高値が付くことは皆様既にご承知の通りである。 芦屋線には、この筑前芦屋駅とは別に"芦屋乗降場"という表記もあったようで 、現に昭和31年の交通公社版時刻表には両者が別々(3分/700m差)に記載されているが、必ずしも小松島駅と"小松島港仮乗降場"のような関係にあっ たわけでもないらしく、「鉄道廃線跡を歩くⅧ」(平成13年)には「(同じ構内のうち単に)旅客ホーム(設備)の部分を芦屋乗降場と呼んで区別した」と書 いてあることから、これらの"きっぷ"も実際には"芦屋乗降場"のほうで発売されたものかもしれない。また、米軍が去ると同時にわずか15年余りの短命で 廃止された点や、鉄道線なのに大蔵省所有、変則的な乗車券発売、治外法権の基地内で入場券が発売された理由など、筆者も強い関心を持って色々な文献を読ま せて頂いたが、さすがに"きっぷ"だけはあまりに敷居が高過ぎて全く手が出せなかった。 これは、そんな自分への慰めと"筑前芦屋駅"への憧れを基に造った模造品である。


 この券を改めて実測したところ、4辺のサイズは「25.1/58.0/25.1/57.8 mm」で、概ね「B型券」規定の範囲内である。(実際、ここからもう"規定外"になるようでは"お話にならない"(笑)。) しかし、普通のコピー用紙に 印刷したものであったため、本物のような"光沢"と"硬さ"が全くなく、ホントはこの時点で既に「アウト」なのだが、そこは"置いておく"として、まずは 「表裏面の色合いが全然違う」のが妙である。真相は、単に筆者が"裏まで色を揃えるのが面倒臭かったから"なのだが、"FUJINO"氏によると、精密偽 造券でも"熟成"を急ぐあまり、表面に比べて裏面の"エージング"(見せ掛けの経年劣化処理)が不十分なものをしばしば見掛けるという。私鉄券の一部には 多少例外もあるが、国鉄券で"裏面だけが妙に白っぽいものは要注意"ということだ。
 次に、(1)マイクロスコープで券の表面を観察すると、印字にインクの"滲み"が明瞭に確認され、これが商業用の(凸版・平版)印刷物でないことがすぐ にわかる。もっと強拡大できる高価な顕微鏡があれば、紙の繊維の違いやインクの性状などもわかるのかもしれないが、趣味の領域でそこまで費用を掛けて調べ るのはなかなかできることではない。また、これを造る側から見ると、安価なインクジェットではなく、せめてレーザープリンタやあるいは顔料系など質の違う インク、または硬めの良質紙を使用すれば、もう少しマシな結果だったのかもしれないが、いずれにしても"個人仕様"のプリンタでは概ねこの辺りの解像度が 限界とも思われる。("線"の細さや"切れ"(シャープネス)が"本物"とは全く異なる。) また、"日焼け"の地色と文字を同時に印刷したことも失敗 (滲み)の原因であろう。


 さらに、券の側面を拡大すると、紙の質や色合いが国鉄券の板紙とは全く違っており、昭和36年のものとは思えないほど異様に"白っぽい"ことに気付く。 劣化が全く感じられないのである。また、よく見ると券の中間層の繊維分布が非常に不均一で、中心部分がやや疎らになっているのは、経年的に緻密になってい く傾向がある"本物"にはあまり見られない現象であると思われる。 実際、この券の厚みを(3)と同様に7点法で計測してみると、値は①0.782 ②0.786 ③0.785 ④0.780 ⑤0.780 ⑥0.780  ⑦0.781 で平均は「0.782mm」となり、国鉄券の基準値と思われる「0.70±0.02mm」からは大きく外れているうえ、(2)重さのほう も、3回の測定値 (0.913/0.915/0.915) の平均が「0.914g」で、こちらも国鉄B型入場券の"ばらつき"の推定上限「0.85g」をかなり上回っていて、真券ではほとんどあり得ない数値であ ることがわかる。

 では、(4)券のダッチングについては、どうであろうか。まず、この駅の最終日付(廃止最終日)は複数の文献から「36.-5.31.」であるこ とが判明している。この券のように廃止の前日に入場券を買ったコレクターも当然いたには違いないが、実のところ廃止日・無人化日と「"1日ずれ"の発行日 付」には注意が必要である。贋造者がうっかり間違えてダッチングしてしまうケースをかなりの頻度で見掛けるためだが、恐らくは「廃止日・無人化日の読み間 違い」や「大の月・小の月の勘違い」が組み合わさって生じてしまう可能性が高い。(例えば「○月X日廃止」などの記載法は、人により"○月X日当日をもっ て廃止"という意味と"○月X日の前日をもって廃止"という意味に分かれる。通常は後者の考え方が主流のようだが、間違えないように"きっぷ"コレクター が敢えて「無人化初日」とか「廃止最終日」といった言い方をするのは、皆様ご存知の通りである。) このダッチングが、逆に"1日遅れ"の「36.- 6.-.1.」なら「即アウト」だが、「36.-5.30.」ならば「"少しあやしい"ものの一応はセーフ」である。また、ダッチングの文字体も「菅沼 式」と考えられるので、昭和36年の発行ならば全然矛盾はない。さらに、「小駅で大き過ぎる券番はあやしい」が、小さい分(「0003」)には判断不能で ある。


 ここまでは、直接サンプルを観察したり計測することにより鑑定できる内容だが、もし、画像が掲載された専門誌や入札誌、インターネットなどから"本物" もしくは"多少あやしいもの"でも、他にサンプルが得られるならば、さらに突っ込んだ検証を行うことができる。個人所有の画像を無断でダウンロードするこ とは本当はダメだろうが、調査・検証のため個人的一時的に使用させて頂く分には、どうかお許しを願いたいと思う。
 筆者が見つけた「筑前芦屋10円券」の"本物"とみられる券は、「通用発売当日」「立ち入る」の表記法から「鉄道入場券図鑑」が分類する「10円門司3 期券」であることがわかり、画像だけで判断する限り、発行年代や字体、レイアウトなどにも不審な点はない。この模造品も、ぱっと目にはこれに似ているが、 やはりフォントだけは門司印刷場独特のものがあるので、パソコンの「MS明朝」などとは明らかに異質である。但し、くどいようだが精巧な偽造品では、今や このような文字のクセまでそっくりコピーできると言われているので、字体が全く同じだからといって"本物"と断定することは危険である。そこで、(4)で も述べたが、意外と"決め手"になるのは「ダッチング痕」ではなかろうか。 人の筆跡などと同様、筆者は"ダッチング痕の偽造はかなり難しいのではないか"と考えるからだが、実際、同じ「菅沼式」の日付印字器でも、個体により微妙 に印字具合に違いがあるのは確かで、この駅の場合は右側のピリオド?部分に特徴的な印記点(赤丸)がみられ (これは単なる"汚れ"の可能性もあるが)、「3」の字体や筆画末尾の丸味の程度、インクの部分的かすれ具合なども筆者所有のマシンとは明らかに相違が認 められる。(スーパーインポーズしてみる(右側)とさらに明白である。) 同一または近接する日付でダッチング痕が異なるようなことは通常はあり得ないと 思われるので、できるだけ多数のサンプルを集めて相互に比較することにより、その多数様式をもって"本物"と見做し、真贋の判定に利用できると考えてい る。

 以上、ほとんどあらゆる観点から、このサンプルは「偽物」と判定できる。(当たり前のことだが(笑)...。)  しかし、今後「筑前芦屋」のような"新種"が出現した場合、しかもそれに「スーパー偽造券」の疑いがあって、他に比較検討できる資料やサンプルが存在し ないケースでは、真贋の判定は困難を極めることが予想される。例えば、トップページ掲載の「日田線妙見駅10円券」などが単独で不意に出現する可能性はあ るだろうし、また券種を"入場券"に限定しなければ"きっぷ"のバリエーションも非常に多彩なので、実際、たまたま覗いたオークションなどで全く見たこと がない"きっぷ"を発見して、感動した経験がある方は結構たくさんおられるのではないだろうか。
 その一方で、"FUJINO"様は 「数少ない真券は収集家に"死蔵"され、滅多なことで市場にリリースされないだろう。それでさえ発売枚数が少なく、基本"回収前提"の切符が市中に数多く 現存するほうがおかしく、早期に無人化・廃線となった路線の小駅入場券や乗車券を、これほどオークションで見掛けるのは"異様"だ。」 とも言っておられたが、筆者もまさに同感である。「熟練収集家ほどコレクションは手放さない」という傾向は、あらゆる分野のコレクションの世界で共通して おり、本当の珍品こそ、意外と今もベテラン・コレクターの倉庫の中にひっそり眠っている可能性が高い。 そして、筆者が今最も懸念するのは、それらの貴重な一級品が彼の死に際して、廃棄処分されたり、どこかに埋もれてしまうことである。 現在、"きっぷ"の熟練コレクターの大半は既に60歳を超えていると考えられる。 パソコン等に疎くて自力ではオークションなどに出品できない方も少なくないと思われることから、特に各地の"きっぷ愛好会"等に加入されていない方の場合 は、今後、その危惧が十分にあり得ると筆者は思う.....。



4."本物と偽物が接近"する時代

  <"高価な希少品ほど危険"というジレンマ>

 とにかく、コレクションの世界に限らず「公に"価値あるもの"と認められたものには"必ずフェイク品が付き物"だ」ということである。これは今の 時代に限ったことではなく、貨幣などが誕生した2千年前、ひょっとしたら、貴金属や宝石が発見されてアクセサリなども作られるようになった数千年前の" 物々交換"の時代から、もう既に始まっていたに違いない。"ニセ物"を作る人々は、当然「贋作は犯罪、卑しむべきこと」という認識はあっただろうが、モノ により時代により、またその人が置かれている地位や経済的状況などによって大きな隔たりがあり、せいぜい"小遣い稼ぎ"のレベルから"生きていくためにや むなく"という場合もあっただろうし、コンピュータ・ウイルスのように"自分の技術を誇示したいがため"といった単純な動機も考えられるだろう。
 しかし、昨今問題となるのは、その偽造物の"極めて高い精度"である。何度も繰り返しになるが、コンピューター等の急速な発達により、最近の微細加工技 術は我々の想像を遥かに超えたレベルにある。しかも、"スーパー職人"でなくても、そこそこの技術と知識さえ持っていれば、デジタルコピー技術、CAD、 超精密切削機器、3Dプリンタなどにより、肉眼的にはほとんど識別不可能なコピー品を、しかも"そこそこ採算が採れるコストで"比較的簡単に作製すること ができる時代となっており、これからはそのような状況がますますエスカレートしていくのは間違いない。"きっぷ"の世界に限らず、"本物と偽物を区別でき なくなる時代"は本当にすぐ間近に迫っているように思う。

  <"本物"とは何か?>

 氾濫する偽造品に埋もれつつある"コイン"収集界では、もう既にこの疑問に"自問自答"するコレクターが出現してきている。しかも、自身のブログ や投稿ページの中で、その苦悩や困惑をはっきりと訴える方々も少なくない。 コレクターにとって、苦労して手に入れた収集品が"本物か否か"ということは第一に重要な要素であり、ときに死活問題である。それが"専門家"でさえ見破 れなくなっているという現状は、真に不安以外の何ものでもないだろう。 したがって、このような状況の中で一般の収集家がこぞって 「権威ある第三者がそれを"本物"と認めるならば、『真偽は別として』"本物"と見做すしかない」と"割り切る"のは、ある程度仕方がないことなのかもし れない。 なぜならば、そこまで否定してしまうと、コレクターは全く頼りを失い、いずれは本当に"本物"が「行方不明」となって、コレクションの価値が一様に低くな る結果、多くの収集家がコレクションの熱意まで失い、段々とコレクションをする人もいなくなって、趣味の世界や市場が崩壊してしまう可能性があるからであ る.....。
 いずれにせよ、傍から見る限り、"コイン"の収集界では「希少なプレミア品には手を出しにくい時勢になりつつある」ことは疑いようがない。 我々"きっぷ"収集の世界がそうならないことを祈るのみである.....。



   (お詫び)

 今回、冒頭に紹介した"コイン"界のブログを具に読んで、筆者も昨今のコピー技術の発達による偽造品の爆発的増加に対して、非常に強い危機感を覚えまし た。比較的安価で手に入る券とはいえ、思い出のある収蔵品に傷を付けることには少なからず躊躇もありましたが、「"きっぷ"コレクターの方々に警鐘を鳴ら す」ことにも意味があると考えた次第です。既に有価証券としての価値は失っているとはいえ、"きっぷ"を損壊したり、新たに贋造したりする行為に対して不 快感を持たれる方、現に大切なコレクションを処分しようとされている方で、このページを見てご立腹の方もおられるかもしれません。オークションへの出品行 為などを非難したり、特定の出品者を中傷する意図などは毛頭ありませんので、どうか大目に見て頂けますようお願い致します。今回の実証は、「可能性があ る」という、あくまで個人的な見解・考察であり、現に不正な行為が存在するという確たる証拠はどこにもないことを重ねて申し上げます。

※ 上記掲載「町田駅30円券」の偽物は、「49.12.13.」日付の日田彦山線伊田(現・田川伊田)駅30円券実物の「伊」部分を削り取り、代わりに 佐世保線大町駅110円券の「町」部分を切り取って"貼り付けた"ものです。ちょっと見にはわかりませんが、ルーペで拡大すると"糊付け"部周囲の境界部 分をごまかすための圧接傷がはっきりと確認できますので、恐らくはほとんどの方が見破れる幼稚な代物です()。 しかし、筆者亡き後、絶対にこの券が流出したりすることがないよう、既に"切断処分"しておりますことを念のため付記しておきます。





 さいごに.....。


"格差社会"が叫ばれるようになって久しいが、鉄道の世界でも都市部と地方では年毎に経営環境の隔たりが大きくなっているように思われる。1日の乗降客が 350万人、駅員が500人もいる新宿駅のようなマンモス駅があるかと思えば、1年間でわずか数人しか利用客がおらず、今では存在することの意味さえ失っ た"バス停以下"の無人駅も珍しくなくなった。特にJR北海道管内の地方駅の落ち込み様は顕著で、最近では特急も停まる町村代表駅まで容赦なく無人化され てしまう一方、1日の乗降客がほとんどゼロになってしまった駅も急増して、このところ小駅の"廃止ラッシュ"が続いている。駅の廃止は意外と経費が掛かる ので、昔は余程の事情がない限りは行わないものだったが、閑散ローカル線を多く抱える鉄道会社の経営がそれだけ追い詰められているということなのだろ う.....。

 日本の鉄道の全盛期は自動車輸送やマイカーが普及する直前頃の昭和30年代と思われるが、国鉄の場合、昭和39年に収支が赤字に転落してからも公共への 利便性や安全性の確保、強力な労働組合の存在などが背景にあって、民間企業に比べ合理化が非常に遅れた。その最たるものが"駅の無人化"であり、中小私鉄 ならばとっくに駅員無配置になっているはずの"秘境駅"にも依然として駅員が常駐し、乗車券類の発売や荷物の取り扱いなどを行っていた。さすがに国鉄の赤 字が問題視されるようになった昭和45年頃からはこのような駅がぼつぼつ"整理"の対象にはなっていったが、割合に長大路線が多い国鉄では、閉塞区間の管 理や保線などの理由からATCが普及する昭和50年代まで山間部を中心に数多くの"極小"有人駅が存置されており、分不相応な立派な駅舎に加えて付近には 常駐駅員用の官舎まで残されていたケースも多い。当然ながら、これらの駅の大部分は晩年には1日の乗降客が数人以下となっており、周囲にはほとんど民家が なく、中には数軒あるいは全く人家が存在しないという文字通りの"秘境駅"もあったが、そんな駅でも駅舎にはちゃんと執務室や待合室・出札口があって切符 の販売も行われていたのである.....。

 当時、筆者はまだ子供だったが、親にねだってでもこれらの駅を「訪問しておけばよかった」と今強く思う。それが叶わなくても、車内から駅舎の写真を撮っ たり、せめて切符の通信販売をお願いすればよかった、そのチャンスは十分にあった...と、後悔しきりである。昨今はインターネットの普及で、昔の貴重な 鉄道写真を掲載してくれる方が増えたのは嬉しい限りだが、概ねSLや車両の写真が主体となっており、なぜか駅舎や出札口を撮ったものは非常に数が少ない。 地元新聞社のアーカイブにも保存されていないようなこれら小駅の当時の姿は、その駅の近くに住んだことがある(現在)60歳以上の方々の記憶の中にしかも はや残っていないように思われる。これは非常に残念なことであると思う。この後、地方で鉄道が復権することはほとんど絶望的であろう。もう二度と見ること はできない貴重で魅力的なこの情景を、筆者も含めほとんどの方が画像や映像に留めておかなかったことが悔やまれてならない.....。

 今でこそ古い木造駅舎の魅力が喧伝されて、必ずしも鉄道ファンではない人達までが肥薩線の大隅横川駅や嘉例川駅などを訪れる時代となっているが、それは やはり稀少さゆえのことであって、まだ開業当時の木造駅舎の大半が残っていた昭和40~50年代にはむしろ当たり前の風景であったろう。これらの姿が間も なく見れなくなるとは思いもしないから、誰もがカメラに収めていなかったのである。しかし、当然のことながら建築物には耐用年数というものがある。特に駅 のような公共施設では安全面の管理が最優先となるので、管理者の立場からすれば、まだ暫くは使用できそうな駅舎でも早めに建て替え判断するのはやむを得な いことであろう。加えて、その駅が無人化される場合には、直後から不良の溜まり場になったり、不審火発生の原因となる例が当時から問題視されていたので、 結果的にすぐに取り壊されてしまい、耐火仕様のつまらない小さな待合所に置き換えられてしまうケースが非常に多かった。しかも、ほとんどの場合駅舎の解体 は予告なしで突然行われてしまうので、写真を撮る余裕もないまま多くの木造駅舎が一斉に消えてしまったのがこの時代であった。
 実のところ、古い木造駅舎でも概ね昭和58年頃以降に取り壊されたものについては、幸いなことにほぼ解体直前の様子が判明している。空前の鉄道ブーム到 来と共に、昔ながらの木造駅舎の魅力に気付き、それらが急速に姿を失いつつあることに危機感を感じた熱心な"駅舎マニア"の方々が数多くの写真やビデオに 記録を残すようになったからである。(既にご存知の方も多いと思うが、筆者はこの方のHP「さいきの駅舎訪問」 を頻繁に拝見させて頂いている。最近、著書も出版されており、日本全国ほぼ全ての駅を網羅していて圧巻。) 書籍では小学館の「国鉄全線各駅停車」シリー ズがその嚆矢と思われるが、恐らくは昭和56~58年にかけて一斉に撮影された全国国鉄各駅の写真が掲載されており、筆者はよく参考にさせてもらってい る。このシリーズはタイトル通り"駅"がテーマになっているので、駅舎やホームの画像がメインとなっており、発刊前後に駅舎が解体されてしまったケースで はかなり貴重な資料となるはずだ。惜しむらくは、ほとんど全て各駅1枚のみ3X1.5~2cmほどの小さなモノクロ画像のため、解像度が低過ぎて細部を確 認できない点だが、幸いなことに九州北部については、恐らく「九州720駅」の写真撮影を担当したと思われる写真店のHP(「モノフォトショップ添田カメラ」)にそこそこ見られる解像度のオリジナル画像が公開されているので、興味のある方は是非見学されるとよいと思う。 いつの日か、他の地域についてもオリジナルの画像が公開されることを切に願ってやまない。
 加えて筆者のような"切符マニア"にとっては、駅舎内部特に出札口周辺を撮った写真が非常に少ない点もちょっと残念に思う。昭和40年代までの古い木造 駅舎の出札窓口は現在よりもかなり小ぶりなもの(木枠)が多く、中にはパチンコ店の景品交換所のように相手の顔がよく見えなかったり、防犯用に鉄格子が 入ったものもあって、コンパクトに並んだ"チッキ"の窓口と共に何ともいえない情緒を醸し出していた。昭和50年代に入ると、こうした古い木造駅舎でも窓 口だけは開放的に改装されて、取り壊しの段階では半間位のガラス製・透明アクリル製に代わっていたものが多い。とりわけ昭和50年以前に無人化されてし まった小駅の中には、こじんまりとして小さな出札口を兼ね備えた筆者好みの駅舎がたくさんあったようだが、非常に残念なことに、やはり無人化直後に取り壊 されてしまったり、窓口を含む駅事務室部分を取っ払って待合室だけを残したような体になっていたものが大半を占める。 また、そんな小駅に限って、硬券入 場券は今や1万円を超えるプレミアが付いたものが多い。 当時はたった"30円"で買えたのに.....。 趣味の世界とは往々にして、そんなものかもしれない。

 当HPは2001年(平成13年)以来、大変に多くの方々から貴重な情報や資料を頂いて、これらの"小駅"や"きっぷ"の魅力を紹介してきた。皆様方に は改めて深く感謝申し上げたい。そして、方々とのメールやお手紙のやり取りの中で、筆者がいつも口にするのは、やはり 「赤字ローカル線や硬券の廃止前に、この趣味に巡り合うことができた」幸運と、逆に「せめてもう10年早く気付いていたら.....」 という後悔の念である。 それは、廃線や出札自動化の報を聞くたびに、これからもずっと思い続けることだろう..........。 (平成30年10月)



◆ 参考文献:「国鉄乗車券類大事典」(近藤喜代太郎/池田和政・JTB・2004)/「国鉄きっぷ全ガイド」(近藤喜代太郎・日本交通公社・ 1987)/「鉄道入場券図鑑」(金井泰夫/長沢博之/高橋雅之・日本交通趣味協会・1980)/「交通趣味」( 日本交通趣味協会・1971~)/「鉄道廃線跡を歩くⅧ」(宮脇俊三・JTB・2001) など